レビー小体型認知症について、講演する樋口直美さん=横浜市港北区で2017年11月25日(樋口さん提供)
高齢者の約15%、6.7人に1人が認知症。団塊ジュニアの世代が65歳以上になる2040年の推計を、先ごろ厚生労働省の研究班がまとめました。
認知症とひとくちに言っても、さまざまなタイプがあります。一番多いのはアルツハイマー型認知症で、2番目に多いレビー小体型認知症は、病名こそ知られてきたものの、症状が知られていないため誤解も多く、発見が遅れがちとなっています。
50歳でレビー小体型認知症と診断された文筆家の樋口直美さん。医師が言う症状と自分の体験とのズレや、医療とのより良い付き合い方などを本の執筆や講演会を通して伝えてきた樋口さんに、レビー小体病(レビー小体型認知症、パーキンソン病など)の「リアル」について聞きました。
わかりにくく、誤診されやすい
「私は41歳の時に誤ってうつ病と診断され、不適切な治療で6年近く苦しみました。それがあったので、どうしたら私のような人を一人でも減らせるかをずっと考えてきました。私にとっては不適切な医療が苦しみのもとになったので、何とかならないかと思ってやってきました」
そう語るのは、自らをレビー小体病当事者と呼ぶ樋口さんです。樋口さんの活動は、「わかりにくい」とされてきたレビー小体型認知症への誤解を解くために、大きな役割を果たしています。
レビー小体型認知症は初期症状を見逃されていたり、違う病名を診断されていたりすることが多い病気です。物忘れ以外の多様な症状から始まるので、本人も家族もなかなか気づけません。医師も気がつかず、樋口さんと同じようにうつ病と診断されてしまう人が半分くらいいるそうです。
昨年末、樋口さんは認知症専門医の内門大丈さんと2人で「レビー小体型認知症とは何か」(ちくま新書)を出版しました。「私が10年間勉強してきた集大成」と語る樋口さんは、本のまえがきで「認知症は半世紀前のがんのイメージと同じではないか」と書いています。
樋口さんの著作=本人提供
「がんになったら終わり」と言われた時代から50年。今ではがんにはいろんな種類やステージがあり、病状や病態が違うことを、多くの人が知っています。しかし、かつてのがんと同じように、認知症はひとつの病気のように捉えられ、「最もなりたくない病気」とされています。そして、診断がついたとたんに「認知症の人」とひとくくりにされてしまいますが、その前に本人が一人の人間だということを忘れてほしくない、と樋口さんは訴えます。
「誰にでもいろんな面があります。たとえば、ある看護師の人は、看護師であるだけでなく、2児の母であったり、コーラスグループの一員だったりと、さまざまな側面がありますが、認知症と診断がつくと、『認知症の人』としてしか見てもらえなくなります。認知症と言っても一人ひとり違うし、問題が出たとしてもその人の本質は変わりません。『認知症の人』とくくらずに、その人を“一人の人間”として見てほしいと思います」
幻視はそれほど問題ではない
レビー小体病は、「レビー小体」というたんぱく質の塊が神経細胞の中でたまることで起こる病気です。このたんぱく質がどこにどのくらい蓄積しているかで、①パーキンソン病②認知症を伴うパーキンソン病③レビー小体型認知症④純粋自律神経不全症⑤レム睡眠行動異常症――と病名が付きます。これらの病気は重なっていて、年数がたち蓄積する範囲が広がると、病状が変化して別の病名に変わることもあります。
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レビー小体型認知症は、発症する前から前兆として、嗅覚障害、便秘、うつ、立ちくらみ、大きな寝言などが出やすくなります。
「この病気は出る症状や順番が人によって違うし、もの忘れも初期にはない場合があるので、『まさか認知症だなんて考えもしなかった』という人が多いです。診断基準でとくに重視される症状は記憶障害ではなく、①認知機能の変動②パーキンソン症状③レム睡眠行動異常症④幻視――の四つです」
レビー小体型認知症というと「幻視」が特徴的と言われていますが、「幻視はそれほど問題ではない」と樋口さんは言います。
「私は30代から見ましたが、幻視は脳がちょっと誤作動を起こして、本物として見えているだけなんです。幻視が出ない人もいますし、『幻視だ』と理解している人も珍しくありません。幻視で問題なのは、見えることではなくて、周囲から異常だと思われ、偏見を持たれることなんです。そうすると本人は混乱し、精神的に追い詰められて悪化してしまいます」
樋口さんは幻視の消し方や対処の仕方を、介護職からもよく聞かれます。
「触ったり、電気をつけたり消したりすると幻視が消える人もいます。でも、『正しい対処法』なんてないんです。神社のお札を貼ったら安心した人もいます。初期や中期なら、レビーの症状だと説明されれば理解することが多いです。『私がやっつけてやる、えーい!』と演技すると安心する人もいる。一人ひとり違うので『認知症の人にはこう』とか『レビー小体型認知症の人にはこう対応しよう』という正解はありません。どうしたら本人が安心できるか。それを考えることが大切です」
特定の薬で起こりやすい副作用
それよりも気をつけたいのは薬の副作用。レビー小体型認知症では薬に対して過敏になるので、特にうつ症状や不安感、不眠などに処方されやすい向精神薬や、市販の総合感冒薬、胃腸薬など、特定の薬には気をつけてほしいと助言します。
薬を飲んだらボーッとして反応が鈍くなる、寝てばかりいる、ふらついて転倒する、体が硬直する、急に認知症が進行したようになる、立ちくらみが悪化する、イライラするなどの変化を感じたら要注意です。
「でも、それが副作用だとは、本人も家族もなかなかわからない。医師もそれが病気の症状なのか、副作用なのかわかりにくい。症状と考えて薬を足し、さらに悪化する例はすくなくありません。特定の薬で副作用が起こりやすいので、それを知っておいてほしいし、気をつけてほしいです。
こういう話をすると『薬は怖いから飲まない』という人が出てきますが、レビー小体型認知症って、薬の副作用も出やすいけれど効果も出やすいんです。たとえば、抗認知症薬がアルツハイマー病患者以上に効く。物忘れは軽度でも、抗認知症薬を使ったら覚醒して、以前のようにシャキッとしたという話を何度か聞きました」
しかし、増量したら体調が悪くなったり、興奮が始まったりすることもあります。大事なのはその薬を飲んだら、よくなったのか、悪くなったのか、薬への反応を注意深く見てほしいと、樋口さん。医師よりも毎日一緒にいる人のほうがよくわかるので、もしも悪化したら即座に薬剤師や主治医に相談することが大切だと助言してくれました。「そうやって薬を過度に恐れず試してみてほしいです。個人差が大きいので飲んでみないと、どう反応するかはわからないんです」と。
家族に知っておいてほしいさまざまな症状
レビー小体型認知症には、他にもさまざまな症状があります。幻視だけが有名になりましたが、樋口さんには幻聴や痛みの幻覚、臭さを感じる幻臭もあり、自律神経症状で体温や血圧を一定に保てないなど、医療者にもあまり知られていない、いろんな症状があるそうです。
「そうした症状があることを、家族や支援する人たちには把握しておいてほしいです。救急車を呼ばないといけない場合もありますが、失神するたびに救急車を呼び精密検査をするのではなく、そういう症状もあることを、あらかじめ知っていてほしい」
樋口さん自身の症状の一部として、「注意障害」についても話してくれました。テレビの視聴中や電話中に横から話しかけられると、両方とも聞き取れなくなるし、ウェブ会議システム「Zoom(ズーム)」での長時間のやりとりも苦しい。画面に顏がたくさん並ぶと情報量が多すぎてクラクラしてしまう、とのことです。
樋口さんには今年5月、私たちのZoomでの勉強会のゲストをお願いしました。樋口さんから、1時間が限度、参加者の顔が並ぶ機能は基本的にオフにするようにと依頼されたので「顔出しは発言者のみ」とし、1時間の時間内で終了しました。終了後、お礼の連絡を入れると、「終わったら頭痛でしばらく寝ていました。でも、それはいつものことなので大丈夫です」とのお返事がありました。参加者からも「Zoomでの対応が本人にとってそれほど厳しいこととは知らなかった。今日は大切なことを教えてもらいました」という発言がいくつもありました。
この勉強会では、「同時進行ができず、料理をするのが年々つらくなった」「駅の矢印がどこを指しているのかわからない」「時間の感覚がなく、昨日がいつかわからない」など、具体的な症状だけでなく、その対応策も話してもらいました。
新宿駅西口の地下通路の路線案内表示=東京都新宿区で2024年5月10日午後8時54分、小出洋平撮影
「料理については、以前は『この時間までに作る』と決めていましたが、今では“でき上がった時ができた時”になりました(笑)。記憶については、自分の頭で覚えることを一切やめ、メモにするとか、人に頼るとか、なんでもしています。外出する時は、わからなくなったら迷わず人に聞く。大きな駅では乗り換えないようにし、用事は1日一つだけにして、余力を残して家に帰れるようにしています」
薬よりも効く笑いと心地よさ
レビー小体型認知症という診断が出てから11年。症状は30代から出ていたというので、樋口さんのレビー小体病との付き合いは20年強になります。「うつ病と診断され劇的に悪化した経験と、知識がなかったからという反省から、情報収集に駆り立てられた」と語る樋口さん。同時に自己観察も続けた結果、「悪いストレスは猛毒。脳にとっての最高の良薬は楽しく人と笑い合うこと」と言い切ります。その原点は、医師から「認知症はよくはならない」などと、絶望的なことばかり言われたことでした。
「だけど、友だちと旅行に行って一緒にゲラゲラ笑っていたら、すごく調子が良くなったので、笑うことが“薬”になるんだってわかったんです。笑い合えるのは、相手と対等な関係でいるから。私が何か変なことを言ったとしても、友だちは私のことを怒ったり見下したりしない。対等な関係の中で安心していられます。それが最高の薬になるんです」
樋口直美さん=本人提供
もうひとつ大事なのは「楽をする」ということだと言います。
「楽をしない人が多いんです。忘れるのが症状なのに、必死で覚えようとする。私は計算が全然できなくなりましたが、できない計算ドリルをやってもつらいだけ。できないことはやめて、人に頼めばいいんです。『私は計算が苦手だから会計はよろしくね。でも、皿洗いはできるから、そこはまかせて』と、笑って言えれば、できないことは問題になりません。認知症の症状が進行してくると、会話も難しくなってきますが、そのときに大切なのは『心地いい』という感覚。『あ~、気持ちがいい』と感じることをされると、それが“薬”になると思います。不快感はストレスで脳の毒です。孤立とか、自分はこれをしたいのにさせてもらえないとか、できないことを歯を食いしばって一人で頑張ることは脳に悪い。楽に、楽しく、人と笑い合える環境があれば、認知症があっても豊かに暮らせると私は思っています」
◇ ◇ ◇ ◇
今年1月1日、認知症の人が尊厳と希望を持って暮らせるようにと「認知症基本法」が施行されました。秋ごろをめどに計画を策定しようと「認知症施策推進関係者会議」が開かれていますが、ここには認知症の当事者が3人参加しています。
その一人、藤田和子さん(一般社団法人日本認知症本人ワーキンググループ代表理事)が5月の会議で語った「実際には、国民の間には差別と偏見の感情がまだまだ渦巻いている」という発言が印象に残りました。
「認知症になることを恐れて、ならないようにするのではなく、誰がなってもいい、なってからも暮らしを続けていける社会になるための基本法だ」という藤田さんの思いは、当事者全員、さらには、これから認知症になるかもしれない私たちの願いにも通じます。
「楽に、楽しく、人と笑い合える環境があれば、認知症があっても心豊かに暮らせる」――。樋口さんの視点は、「認知症になってからも暮らしを続けていける社会」をつくるためのカギではないかと思います。
特記のない写真はゲッティ
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中澤まゆみ
ノンフィクションライター
なかざわ・まゆみ 1949年長野県生まれ。雑誌編集者を経てライターに。人物インタビュー、ルポルタージュを書くかたわら、アジア、アフリカ、アメリカに取材。「ユリ―日系二世 NYハーレムに生きる」(文芸春秋)などを出版。その後、自らの介護体験を契機に医療・介護・福祉・高齢者問題にテーマを移す。全国で講演活動を続けるほか、東京都世田谷区でシンポジウムや講座を開催。住民を含めた多職種連携のケアコミュニティ「せたカフェ」主宰。近著に『おひとりさまでも最期まで在宅』『人生100年時代の医療・介護サバイバル』(いずれも築地書館)、共著『認知症に備える』(自由国民社)など。