毎日新聞 2023/7/17 東京朝刊 有料記事 1367文字
絵・五十嵐晃
ロシアのウクライナ侵攻500日余。膠着(こうちゃく)する戦争の話題の一つに「米、ウクライナへクラスター爆弾を供与」があった。
クラスター爆弾は条約で製造、使用、保有が禁じられている。締約国は111カ国にのぼるが、米国とウクライナは条約に加わっていない。非締約国同士の交渉だから他国はとやかく言えぬ――というのが国際法のタテマエである。
だが、釈然としない。
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クラスター爆弾は空中で破裂し、内に込められた数十から数百個の小型爆弾を広範囲にまく。不発弾が多く、紛争後、知らずに触れた民間人が死傷する事故が後を絶たない。
ホワイトハウスでサリバン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が、ウクライナへの供与を発表したのが現地時間7日。サリバンは五つの点を強調した。
(1)あくまで、国際法違反の侵略にあらがうウクライナ自衛支援の一環である
(2)ロシアは既にウクライナ戦線でクラスター爆弾を使用。不発弾の発生率はロシアの30~40%に対し、米国製は2・5%未満
(3)ロシア領内ではなくウクライナ側で用い、市街地は避けることが条件
(4)民間の被害リスクを熟慮し、決定が遅れた
(5)同盟国と協議し(日欧やカナダなど)禁止条約の締約国の理解を得た
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岸田文雄首相と林芳正外相は外国出張中で、この問題について何も発言していない。松野博一官房長官は10日の定例記者会見で日本の立場を問われ、「(米国とウクライナの)2国間のやりとりだからコメントは控える」と答えた。
事務方は松野の会見に備え、サリバン5項目を列挙した応答要領を準備していた。松野はそれに沿って説明したが、ロシアが既に使用している事実や米露の不発弾率の差((2))を読み飛ばし、日米同盟重視の官僚を歯がみさせた。
禁止条約によれば、締約国は非締約国に対し、クラスター爆弾を使わぬように働きかける義務を負う(21条)。松野はこの条項を念頭に、会見で「引き続き働きかける」と述べたが、記者の関心を引かず、新聞の見出しは「長官、供与に反対せず」「日本、米を追認か」。漫然たる対米追随という印象を残した。
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クラスター爆弾は敵の侵攻を阻む効率的な兵器として普及し、かつては自衛隊も持っていた。冷戦後の地域紛争で民間人の被害がクローズアップされ、2008年、日本など約90カ国が禁止条約(オスロ条約)に署名。日本政府の参加を主導したのは直前の首相・福田康夫や、連立与党・公明党の代表代行をつとめた浜四津敏子だった。
1997年、日本政府を代表して対人地雷全面禁止条約(オタワ条約)に署名したのは小渕恵三外相(98年、首相)だった。地雷といい、クラスター爆弾といい、全面禁止は困る――という強い異論が自衛隊や自民党の中にあった。国防と人道は二律背反であり、異論は現在もある。
欧州やカナダからもクラスター爆弾供与を懸念する声が出たが、禁止条約に照らせば当然。10日、中国外務省が米政権の決定を批判したが、中国は条約の外にいる。ロシアも。
ウクライナ戦線には空前の量の地雷がある。そこへクラスター爆弾。地雷、不発弾処理は復興の課題になる。そこを見据えた日本独自の発信、ウクライナ支援を求めたい。(敬称略)(特別編集委員)=毎週月曜日に掲載