毎日新聞2024/3/14 06:00(最終更新 3/14 06:00)有料記事1645文字
メンタルコーチの資格をもつ元アナウンサーの片山三喜子・関西テレビCM部長=大阪市中央区で2024年2月25日、貝塚太一撮影
人は1日に約6万回も自分自身と会話をしていると言われています。そして、その8割がネガティブなものだという、アメリカの調査結果もあります――。本の冒頭の一節にひかれて、著者である旧知の元アナウンサーに会いに行った。
取材現場ではテレビ局のカメラマンと横並びで撮影することもあり、会話する機会も多い。ただ、アナウンサーは遠い存在で、姿を見ることはあっても、会話することはない。
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そんな私がただ一人、話をしたことのあるアナウンサーがいる。出会いは22年前にさかのぼる。
私は大学生になって初めてパソコンを買ったころから、作家、宮本輝氏のファンクラブ「テルニスト」に参加していた。インターネット上の掲示板でファン同士が「ハンドルネーム」を使って互いに文字でやりとりする。今のSNS(ネット交流サービス)に近いようで、そのつながりはかなり濃く、ファン同士が実際に会う「オフ会」も多かった。世代も立場も違う人同士の集いは、私の視野を大きく広げてくれた。
毎日新聞社に入社が決まっていた大学卒業間近のオフ会に、テレビで見ていた人が現れた。大阪の関西テレビで当時、昼の帯番組を担当していた片山三喜子アナウンサーだ。ハンドルネームは「さき」。あの日、さきさんと何を話したか、全く覚えていない。ただ、テレビに出ている人がまとう華やかな印象と、自分もこれから同じ世界に飛び込むんだと思った記憶だけが残っている。
だが、入社してみると、新聞社に華やかさなどなかった。多忙を極める仕事の合間に、テレビに映るさきさんを時折見ながら、言葉と映像で発信するテレビ局と、文字と写真で発信する新聞社は大きく違うと実感した。
次第に私は掲示板に参加できなくなっていったが、「フェイスブック」ができてからは何人かのテルニストと本名でつながりを保っている。その中にさきさんもいた。
そのさきさんが最近、本を出版したと知った。「ストレスフリーの人がやっているポジティブ・フレーズ言いかえ事典」(大和出版)。2005年に18年務めたアナウンサーを退き、今は同社のCM部長。肩書にはメンタルコーチの文字があった。
40代で難病指定の病気を発症したが、自分への言葉がけの重要性に気付き、克服した体験をもつ元アナウンサーの片山三喜子・関西テレビCM部長=大阪市中央区で2024年2月25日、貝塚太一撮影
著書には、さきさんの人生も多く記されていた。40代で難病指定の病気になり、両足が全く動かなくなったこと。リハビリ期間に言葉と脳の関係を勉強し、自分へのポジティブな声かけで、11カ月後には沖縄の海辺を少し歩けたこと。そして今はメンタルコーチなどの資格を取り、活躍していること。大阪に帰省する際、さきさんとフェイスブックで連絡をとって再会した。
初めての出会いからの歳月を全く感じさせない再会だった。近況報告しながら本を読んだ感想を伝えた。さきさんが本を執筆する上で最も伝えたかったのは「自分への言葉がけ」だという。「他の人への言葉がけはみんな気をつけますが、自分にダメ出しをしたり、厳しい言葉を言ったりする人が実は多いことを知ってほしかった」と語る。
そして、「ポジティブ思考やプラス思考が大切なのは浸透していますが、簡単にはできない。そして、できないことにまた落ち込みますよね」と続く。「脳は最後を記憶するから、たとえネガティブなことを考えたとしても、そこに気付き、少しでも自分にとってのプラスの言葉をかけてあげる。プラスにできないのならマイナスでもプラスでもないフラットな中間の言葉に変換してあげるだけでもよいのです」と話してくれた。
今は誰もがSNSを通して、世界に向けて自己表現や発信ができる。そして、オンラインのやりとりも多い。ただ、今も昔も、自分の心情を文字にしたり、言葉にしたり、表情に出して表現したりすることに変わりはない。
一日で一番多く話す自分自身との会話を、少しでも「ポジティブ・フレーズ」に変えてあげる意識は、多様化するコミュニケーションの中で生きる上で、とても大切な要素かもしれないと感じた。【北海道報道部写真グループ・貝塚太一】
<※3月15日のコラムはデジタル編集本部の牧野宏美記者が執筆します>