がんによくある誤解と迷信フォロー
不要ながん検診を知っていますか勝俣範之・日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授
2023年5月30日
著名人ががんで亡くなると、しばしばメディアに登場したコメンテーターや司会者が「早期発見、早期治療が大切ですから、がん検診を受けましょう」などとコメントします。「がんは早期発見、早期治療が大事」とはよく言われる言葉です。しかし、すべてのがんに早期発見、早期治療が有効であるか?というと、答えは「NO」です。今回はがん検診によくある誤解や受けた方がよいがん検診について、医師主導ウェブサイト「Lumedia(ルメディア)」のスーパーバイザーを務める勝俣範之・日本医科大武蔵小杉病院教授が解説します(この記事は渡辺清高・帝京大医学部腫瘍内科病院教授がレビューしました)。
医師志望者でも誤解しがちな検診の有効性
以下は、第106回(2012年)医師国家試験で出題された問題(注1)です。答えはどれでしょうか?
集団に対してある癌(がん)の検診を行った。検診後に観察された変化の中で、検診が有効であったことを示す根拠はどれか。
a 検診で発見されたその癌の患者数の増加
b 検診で発見されたその癌の患者の生存率の上昇
c 集団全体におけるその癌の死亡率の低下
d 集団全体におけるその癌の罹患(りかん)率の低下
e 検診に用いられた検査の陽性反応適中率の上昇
「早期発見で見つかったがんは、生存率が良い」という話を聞いたことがあるかもしれません。そう考えると、正解は“b”のように思うかもしれませんが、違います。正解は“c”なのです。
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医師の国家試験にも出題されるということは、誤解している医師も多いということです。
実際に、米国のプライマリーケア医412人にがん検診の意義について、調査をした研究があります(注2)。この調査によると、69%の医師は「がん検診はがんの早期発見を増やし、生存率を改善する」と誤解していて、「検診は一般市民の死亡率を減少させるため」と正しく理解できていた医師は23%に過ぎませんでした。
がん検診は確かに大事ですが、「がんは検診さえしておけば、大丈夫」「がん検診しておけば、がんは克服できる」のようなメッセージは大変誤解を生みやすいのです。正確には「検診が有効ながんは、一部のがんに限られ、検診が有効でないがんもある。むしろデメリットが多くなるがんもある」なのです。
現在、我が国での科学的根拠に基づくがん検診の実施方法に関する推奨度のまとめが図1です(注3)。推奨度はA~Dまであり、Aが最も科学的根拠のある推奨される検診方法です。推奨度Iは証拠不十分であり、推奨できる方法ではないということです。前立腺がんの前立腺特異抗原(PSA)検査をメニューに加えた人間ドックや職域検診は多いですが、実は、証拠不十分で推奨できません。
また対象年齢も大事です。例えば、マンモグラフィーは40歳以上が対象となっており、40歳未満に関しては、検診の有効性が示されていないので、推奨されません。ここに推奨度B以上で記載された検診が、有効な手法として推奨できるものです。
図1 科学的根拠に基づくがん検診の実施方法に関する推奨度のまとめ
「検診や検査で、がんが早期発見でき、治療ができるのだからできるものは何でもやったら良いのではないか?」と思われるかもしれません。しかし検診や検査にも、デメリットが多くあります。
一つは、精度の問題です。検査の精度は、がんの人をがんと正しく判定する「感度」と、がんではない人をがんではないと正しく判定する「特異度」があります。感度が悪いと、見落としてしまったり(偽陰性といいます)、特異度が悪いとがんでないものを、「要精密検査」などと過剰にひっかけてしまったり(偽陽性)します。
さらに検診の有効性に関してもっと大きな影響を与えるのは、リードタイムバイアスの問題と過剰診断・過剰治療の問題です。
効果があるように錯覚してしまう「リードタイムバイアス」
がん検診で精度(感度)の高い検査をすると、早期にがんを見つける頻度が高くなるのは明らかです。早期に見つかるので、早ければ早いほど、治療も早く始められ、その分の生存期間も長くなります。
その結果、がん検診でがんが見つかった人だけを集計すると、がんの生存率が良くなったかのように見えるのです。
図2を見てください。ある集団で同じ年齢でがんになり、70歳で死亡した方を想定します。検診をしていない人が67歳の時に症状などからがんと診断され、3年後の70歳で亡くなると、5年生存率は0%です。しかし、60歳でがん検診を受けてがんと診断されたとすると、70歳で亡くなった時点では、5年生存率は100%になります。同じ経過をたどって70歳で亡くなっているのに、どの段階で見つかったかによって、5年生存率は大きく違ってしまうのです。
図2 がん検診のリードタイムバイアス
このように、ある集団を見たときに、同じがんになり、検診を受けた人、受けなかった人を比べると、検診を受けた人は、早く検診を受けた分だけ、見かけ上、生存率が良くなったように見えます。これをリードタイムバイアスといいます。前述した国家試験の問題で、検診で見つかったがんの生存率を良くするだけでは、検診の有効性を示したとはいえない理由を理解していただけたでしょうか。
このリードタイムバイアスをなるべく少なくし、検診の有効性を示すには、検診を受ける人と受けない人に分けて、何年か後にがんで死亡した人の割合を減らしたかどうかを調べる必要があります。こうした研究は、ランダム化比較試験(注4)や前向きコホート研究といいます。
図1で示した検診は、こうした研究が行われて、科学的根拠が証明された検診です。
検診に向かないがんとは
がんの過剰診断については、まず、がんの進行速度の分類を理解していただく必要があります。
がんには、非常に進行速度が速いがんや、逆に進行速度が比較的遅いがん、ほとんど進行しないがんがあることがわかっています。
図3 がんの進行速度による分類
図3は米国立がん研究所のホームページに掲載されている図です(注5)。がんの種類を進行速度別に分類して、①急速に進行するがん(急速がん)②比較的ゆっくり進行するがん(のんびりがん)③非常にゆっくり進行するがん(超のんびりがん)④がんであるがほとんど進行しないがん――の四つに分類しています。このうち、検診によって見つける必要があるのは、②ののんびりがんです。では他の種類のがんはなぜ検診に向かないのか、順に見ていきましょう。
急速がんは、数カ月もしくは数週間のうちに、あっという間に進行がんになってしまうがんです。急性白血病や胚細胞性腫瘍が代表的ですが、小児がんや固形がんの一部、乳がんや肺がん、卵巣がん、胃がん、大腸がん、膵臓(すいぞう)がんなどにも見られます。これらのがんが検診で見つかることはほとんどありません。「毎年人間ドックに入っていたのにがんが見つからなかった」「半年前にがん検診を受けたのに、進行がんが見つかってしまった」などの声を聞いたことがあるかもしれませんが、急速がんは、毎年検診していても、あっという間に進行するので、検診で見つからないのです。
卵巣がんは、発見された際には、半数以上が進行がんで見つかるという難治がんの一つです。卵巣がんでCA125という血液中の腫瘍マーカーを定期的に測定するのと、経腟(けいちつ)超音波検査を定期的にするのとを組み合わせた検診法の有効性を検証するランダム化比較試験が米国で行われました(注6)。
その結果を見ると、検診群は非検診群と比べて、発見率はわずかに増加するものの、死亡率を減少させることができず、卵巣がんに対するCA125測定と経腟超音波検診は無効と判断されました。卵巣がんには急速がんが多いため、検診が有効でなかったとも考えられます。
急速がんは、あっという間に進行して転移してしまう性質があります。放っておくと命に関わるので、大変です。ただ急速に進行するということは、実は細胞分裂が活発ということでもあります。そのような細胞分裂が活発ながんに対しては、抗がん剤がよく効きます。
急性白血病や胚細胞性腫瘍は、抗がん剤の発達により、治療成績が飛躍的に向上しました。固形がんでも、進行の速い卵巣がんや膵臓がんに対する抗がん剤の開発が進んでいます。つまり、急速がんに対しては、検診よりもよりよい治療法の開発が必要であり、今後も努力が続けられると思います。
不必要な治療によって障害もある過剰診断
一方、超のんびりがんは進行がゆっくりなため、定期的な検診をせずに放っておいてもよいがんです。この種のがんは症状が出ることはなく、転移もせず、がんによって亡くなることもありません。何か症状が出た際に見つけて、治療すれば十分に間に合います。前立腺がんや一部の乳がんが代表です。
また進行しないがんは、その名のとおり、がんと診断されても、進行しないがんです。一部の甲状腺がんが該当します。
そしてこのような超のんびりがん、進行しないがんを定期的ながん検診で見つけてしまうことを、がんの過剰診断・過剰治療と言います。
図4は、韓国で実施された甲状腺がん検診導入後の甲状腺がん発生率と死亡率を示しています(注7)。韓国では1999年に甲状腺がんの超音波による検診が民間業者により安価な値段で提供されました。その結果、甲状腺がんの発生率が図のように急速に増加しましたが、一方で、甲状腺がんの死亡率は全く変化がありませんでした。図4のグラフでは、検診開始以降、甲状腺がん、甲状腺乳頭がんの両方とも大きく右肩上がりですが、増加分がすべて過剰診断に該当します。また甲状腺がんと診断された約 3分の2が甲状腺根治術、約3分の1が甲状腺亜全摘術、とほぼ全員が治療を受けています。そして手術を受けた患者の11%が副甲状腺機能低下症、2%が声帯まひを患っていたことが判明しました。
図4
このことは、検診で甲状腺がんを見つけることで無駄な治療を受けただけでなく、治療による重大な弊害があったことを物語っています。
がん検診による過剰診断は、乳がん(注8)や前立腺がん(注9)のがん検診でも存在することが示されています。
おわりに
がん検診は、すべてのがんに有効というわけではなく、検診が有効ながんは限定されています。またがん検診には、メリットやデメリットがあります。がん検診については、科学的根拠のある検診を受けることをお勧めします。
参考文献
1 厚生労働省.第106回医師国家試験の問題および正答について.2012;G問題(22)
2 Wegwarth O, Schwartz LM, Woloshin S, Gaissmaier W, Gigerenzer G. Do physicians understand cancer screening statistics? A national survey of primary care physicians in the United States. Ann Intern Med. 2012;156(5):340-9.
3 がん対策研究所がん検診ガイドライン.
4 ランダム化比較試験 (RCT: randomized controlled trial).
5 Division of Cancer Prevention NCI. What is Cancer Overdiagnosis? 2018.
6 Buys SS, Partridge E, Black A, Johnson CC, Lamerato L, Isaacs C, et al. Effect of screening on ovarian cancer mortality: the Prostate, Lung, Colorectal and Ovarian (PLCO) Cancer Screening Randomized Controlled Trial. Jama. 2011;305(22):2295-303.
7 Ahn HS, Kim HJ, Welch HG. Korea's thyroid-cancer “epidemic"--screening and overdiagnosis.N Engl J Med. 2014;371(19):1765-7.
8 Bleyer A, Welch HG. Effect of three decades of screening mammography on breast-cancer incidence. N Engl J Med. 2012;367(21):1998-2005.
9 Grossman DC, Curry SJ, Owens DK, Bibbins-Domingo K, Caughey AB, Davidson KW, et al. Screening for Prostate Cancer: US Preventive Services Task Force Recommendation Statement. Jama. 2018;319(18):1901-13.
写真はゲッティ
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1963年生まれ。88年富山医科薬科大学医学部卒業。92年から国立がんセンター中央病院内科レジデント。2004年1月米ハーバード大生物統計学教室に短期留学。ダナファーバーがん研究所、ECOGデータセンターで研修後、国立がんセンター医長を経て、11年10月から現職。専門は内科腫瘍学、抗がん剤の支持療法、乳がん・婦人科がんの化学療法など。22年、医師主導ウェブメディア「Lumedia(ルメディア)」を設立、スーパーバイザーを務める。