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それ、本当に「片頭痛」? 脳腫瘍の警告サインかも工藤千秋・くどうちあき脳神経外科クリニック院長
2023年8月27日
先月、元プロ野球・阪神タイガースの横田慎太郎さんが脳腫瘍のため亡くなられたと、メディアに報じられていました。激しい頭痛と目の不調から病院で検査をして診断に至ったようですが、おそらく以前から症状があったのではないかと推察されます。頭痛は脳腫瘍の初期に表れやすい症状の一つですが、「『片頭痛』だろう」と勝手に判断してスルーしてしまう人が少なからずいるようです。その頭痛、命を守る警告サインなのかもしれません。
どの年齢でも起こりうる
横田さんのように、可能性豊かな若者が脳腫瘍で亡くなるのは本当に残念でなりません。スポーツ選手といえば、昔、「炎のストッパー」と呼ばれた元広島の津田恒美さんも脳腫瘍で亡くなられたことが思い出されます。
脳腫瘍は、脳内にできた増殖組織のことです。脳の細胞や脳を包む膜、脳神経から発生した原発性脳腫瘍と、肺や乳房など他の部位から転移してきた転移性脳腫瘍があります。
原発性は「良性」と「悪性」に分けられます。良性は増殖スピードが遅く、正常組織との境界が明瞭で、髄膜や下垂体など脳実質外の組織にできます。一方、悪性は増殖スピードが速く、正常組織との境界ははっきりせず、主に大脳や小脳など脳実質にできます。
国立がん研究センターによると、国内では年間2万人が発症しています。成人期の初期から中期にかけて発症するものの、どの年齢でも起こりえます。
脳腫瘍には150もの種類があります。原発性では全体の65%を占める神経膠腫(こうしゅ)のほか、髄芽腫、髄膜腫、聴神経腫瘍などがあります。
脳腫瘍は種類によって成長するスピードはさまざまですが、大きくなると脳の組織を破壊したり、頭蓋(ずがい)内圧が上昇したりします。それに伴い、さまざまな症状が表れてきます。最も一般的で、初期の頃にみられる症状として頭痛があります。
阪神の選手だった横田慎太郎さん=京セラドーム大阪で2016年3月26日、幾島健太郎撮影片頭痛かと……
1カ月ほど前にも、こんな患者さんがやって来ました。
東京都内に住む26歳の女性で、若い頃から片頭痛があるといい、鎮痛薬を飲み続けていたそうです。ところが、最近になって、どうにも効きが良くない。ちょうど梅雨の時期でもあったので、「天気痛かな」と思ったそうです。そこで、市販の漢方薬「五苓散(ごれいさん)」を飲むようになったのですが、それでも改善しないということで、僕のクリニックにやってきました。
さっそく磁気共鳴画像化装置(MRI)で脳内を調べてみると、右の後頭部に、目玉のような直径5㎝大の腫瘍の影がはっきりと映っていました。さらに、腫瘍の周囲には浮腫(むくみ)が広がっているのが見て取れ、悪性腫瘍であることが強く疑われました。
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「片頭痛はどこかの医療機関で診断されたのですか」。僕がこう尋ねると、女性は「いや。そうではなく、てっきり『片頭痛』だと思い込んでいました」と力なく答えました。
片頭痛には非常に効果的な処方薬があります。その意味でも、きちんと脳神経外科の専門医を受診すべきでした。その後、女性は紹介した病院で精密検査を受け、悪性の脳腫瘍と確定診断され、手術や抗がん剤などの治療を受けました。しかし、腫瘍はかなり進行しており、依然として厳しい状態です。「片頭痛と思い込まず、専門医のいる医療機関でなぜもっと早く受診していただけなかったのか」――。そうすればもっと対処できたのにと、悔やまれてなりません。
良性でも油断できない
また、こんな患者さんのケースもありました。22歳の男性で、頭が痛いということで、近所の医療機関を受診し、コンピューター断層撮影装置(CT)で脳内を撮影したところ、「異常なし」と診断され、鎮痛薬を処方されました。しかし、薬を飲んでも一向に効かない。どうもおかしいと思い、僕のクリニックにやってきました。
改めてCTで脳を検査すると、あるはずのない場所に2カ所ほど白い点が見えました。これは普通でないと考え、MRIで改めて検査すると、わずかに出血を伴う腫瘍であることが判明したのです。血管異常による良性の腫瘍である可能性が高いと判断しましたが、もし大きな出血をしていれば命の危険もありました。
病院のホームページには、医師の専門が何か記述してあるケースが多い=くどうちあき脳神経外科クリニックのホームページより
この男性によると、最初に受診した医療機関は「脳神経外科」と看板に書かれていたそうです。しかし、患者さんをより広く集めようとして、自分の専門外の診療科まで標榜(ひょうぼう)するケースが少なくありません。「標榜科=専門」とは限らないのです。受診する医療機関にきちんと専門医がいるのか、ホームページなどで確認した上で受診した方がいいでしょう。
恐れず専門医を受診して
脳腫瘍が進行すると、頭蓋内圧が高まります。それに伴い、必ずしも起こるわけではありませんが、頭痛が生じることがあります。その意味で、頭痛は脳腫瘍を知る一つの手がかりとなり得ます。痛みがひどくなっていたり、早朝や横になっている時に悪化したりする場合は可能性があるため要注意です。
先述した女性のように、いつもの鎮痛薬を飲んでも効果がない、そんな状態が3日から1週間以上たっても続くようなら、脳神経外科の専門医のいる医療機関にかかった方がいいでしょう。恐れず、たとえ違っていても恥ずかしがる必要はありません。
一方で、頭痛が唯一の症状である脳腫瘍の患者さんも一部です。吐き気や視力障害、けいれんの発作などを伴って出るケースもあります。こうした症状がみられたら、迷わず受診することをお勧めします。
特記のない写真はゲッティ
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くどう・ちあき 1958年長野県下諏訪町生まれ。英国バーミンガム大学、労働福祉事業団東京労災病院脳神経外科、鹿児島市立病院脳疾患救命救急センターなどで脳神経外科を学ぶ。89年、東京労災病院脳神経外科に勤務。同科副部長を務める。01年、東京都大田区に「くどうちあき脳神経外科クリニック」を開院。脳神経外科専門医であるとともに、認知症、高次脳機能障害、パーキンソン病、痛みの治療に情熱を傾け、心に迫る医療を施すことを信条とする。 漢方薬処方にも精通し、日本アロマセラピー学会認定医でもある。著書に「エビデンスに基づく認知症 補完療法へのアプローチ」(ぱーそん書房)、「サプリが命を躍動させるとき あきらめない!その頭痛とかくれ貧血」(文芸社)、「脳神経外科医が教える病気にならない神経クリーニング」(サンマーク出版)など。