毎日新聞2024/7/2 地方版有料記事943文字
いまの世はスピードが大事といわれる。でも、実際にはすべてがテンポよく進むとは限らない。
メンタル科の診察室でも時々、「早く何とかしてください」という言葉を耳にする。初めて来る人の相談を聞き、「うつ病だと思います」「お子さん、いま学校に通うのは難しそうですね」などと答えた時にそう言われることが多い。手早い解決策を求める気持ちは当然だろう。
医療過疎の地で体の病気も診るようになった私は、あることに気づいた。それは、「心でも体でも病気にはすぐに治療して効果が出るものとそうでないものとがある」という単純な事実だ。
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たとえば、「散歩の途中で足首をひねって痛い」とやって来る人には、骨折ではないことを確かめて痛み止めの薬を出す。「これを飲みながら良くなるのを待ちましょう。2週間くらいすればおさまるはずです」と伝える。すると、大抵の人は「薬を飲んだ日から痛みがやわらぎました」と言う。
ところが、すぐに診断がつかないこともあれば、診断はつくけれどすぐには薬が効かないこと、薬では解決できないこともある。特に心の問題は「ちょっと良くなってきたかな」と感じてもらうまでには、かなりの時間がかかる場合がほとんどだ。
そうなると、大切なのは「焦らずに待つこと」になる。「時々顔を見せてくださいね」と伝えて、医者も一緒に待つ作業に加わる。「今月はどうでしたか」「うーん、あまり変わりませんね」「そうですか、大変ですね」と言葉を交わすだけで、心細さや焦りが少しだけやわらぐことがある。
病気でなくても同じだろう。いくらAI(人工知能)が発達して難問にすぐに答えが出るようになっても、それであらゆる悩みが解決するわけではない。特にこじれた人間関係や心の奥の悲しみは、ほぐれたり軽くなったりするまでに長い時間がかかる。
待つ時間は決して無駄ではない。それどころか、何かが良い方向に変わるまでゆっくり待つ時間にこそ、人は成長したり自分らしさを身につけたりするのではないだろうか。「果報は寝て待て」ということわざもある。
私にも「どうにかならないかな」といつも頭のすみに引っかかっている悩みがある。でも、慌てない。いつかは答えが浮かんでくるはずだ。さあ、今日もゆっくりと待つことにしよう。(精神科医)