毎日新聞2024/7/4 東京朝刊有料記事2945文字
旧優生保護法の被害者を司法手続きで全面救済する判断を示した3日の最高裁大法廷判決は、長く被害者の補償に動かなかった国の怠慢を断罪し、除斥期間という「時の壁」を越えた。救済策の見直しを迫った司法の指摘に、国や国会はどう応えるか。
「期待した中で最高の判断。戦後最大の人権侵害に被害者が裁判という形で声を上げ、最高裁を動かした。社会を変える素晴らしい闘いだった」。判決後の記者会見で、全国優生保護法被害弁護団の新里宏二共同代表は大法廷判決を高く評価した。
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旧法による強制不妊手術のピークは半世紀以上前。被害者が2018年1月に初めての国家賠償請求訴訟を起こして以来、最大の争点となってきたのが、不法行為から20年で損害賠償請求権が消滅する「除斥期間」だった。
除斥期間は、最高裁が1989年、当時の民法の規定を解釈して導いた考え方だ。法的関係を確定して権利の安定化を図るメリットがある一方、20年が過ぎると機械的に賠償を求められなくなる。被害が長期にわたる公害や薬害のようなタイプの事件では、度々「時の壁」として立ちはだかってきた。
大法廷は35年ぶりに判例を変更し、除斥期間が例外的に適用されないことがあると認め、救済の道を切り開いた。
カギとなったのは、「不良な子孫の出生防止」をうたった旧法が重大な人権侵害を引き起こしたという事実だ。大法廷は不妊手術の根拠となった旧法の規定が、その制定時から違憲だったと指摘した。
特定の法令が当初から違憲だったと最高裁が明示したのは初めて。国会は国の唯一の立法機関であり、国会が制定する法令には「憲法違反があるはずがない」という予測を国民に与える。そうした中で、国を相手に損害賠償訴訟を起こすのは「極めて困難だった」とし、被害者に有利に働く事情として考慮した。
そして、生殖能力を失うという重大な被害を長期間にわたって生じさせた国の怠慢を批判した。
国連の人権規約委員会は98年に、被害者を補償する法整備の措置を勧告。日本弁護士連合会も01年、旧法の被害者救済に取り組むべきだとの意見を公表している。旧法の被害への対応について外部から指摘が寄せられていたのに、国会は救済に動かず、国も「不妊手術は適法だ」との立場を変えなかった。
加害者が国だった点も大きい。時間が経過すれば、証拠が散逸して違法性の判断が難しくなることもあるが、大法廷は「加害行為は国会議員の立法活動であり、国の立証活動が困難になるとは言えない」と指摘。19年に成立した救済法が被害者に対する一時金の支給を320万円にとどめていた点も大法廷は見逃さず、国が除斥期間によって賠償責任を免れるのであれば「信義則に反し、権利の乱用であって許されない」と断じた。
同種訴訟は全国で39人(うち6人が死亡)が12地裁・支部に起こし、1・2審では被害者側の「12勝9敗」だった。今後は、全国で起きている同種訴訟の原告や、裁判を起こしていない被害者に国がどう対応していくかが焦点になる。
三浦守裁判官は判決の個別意見で、救済法による一時金の支給を受けた被害者が、不妊手術を受けた被害者に比べて極めて少ない点を挙げ、「国の立法措置により被害者の救済を図ることは可能だった。できる限り速やかに被害者に適切な損害賠償がなされる仕組みが望まれる」と国に早期の対応を迫った。【巽賢司】
救済法見直しへ 一時金引き上げ焦点
政府と与野党は最高裁の統一判断を受け、不妊手術を受けた被害者に一時金を支払う救済法の見直し作業に入る。救済法をまとめた超党派議員連盟を中心に、今秋の臨時国会への法案提出も視野に検討を進める。大きな焦点となるのが、320万円とした一時金の金額だ。
慰謝目的で支払われる一時金の金額は、強制不妊手術の被害者に対する補償金制度があるスウェーデンを参考に決められた。スウェーデンの補償額は「17万5000クローナ」で物価変動などを反映し、立法当時の価値に換算すると約312万円。訴訟で原告1人当たりの請求額は1000万円以上で、被害弁護団は「スウェーデンを参考にすべきでない」と主張していたが、最終的に320万円にまとまった。
ただ、これまで原告側が勝訴した12地裁・高裁の判決では、不妊手術を受けた本人1人当たり700万~1650万円の慰謝料が認められ、一時金を大きく上回る判決が出ている。超党派議連の幹部は「救済法を改正するほか、金額を引き上げた新法を作り今の救済法と2本立てにする方法も考えられる。議連で早急に議論し、今秋の臨時国会を目指したい」と明かした。
仮に一時金を大幅に引き上げた場合、被害救済のための証明のハードルを上げるかも課題となる。被害者の高齢化を踏まえ、迅速に救済するため、救済法では本人や関係者の証言に基づき幅広く一時金を支払う方針を採用した。こども家庭庁幹部は「一時金を引き上げれば賠償的な性格が強くなりかねず、一定の証明を求めざるを得ないかもしれない」と指摘する。
ただ、旧優生保護法下の強制不妊手術は2万4993人に及ぶものの、5月末時点で一時金が支払われたのはわずか1110人に過ぎない。一時金の引き上げに伴い、支給がさらに進まなくなる事態は避けたいところだ。
救済の掘り起こしにつながる国による個別通知を創設するかも論点の一つだ。山形や岐阜、兵庫、鳥取など少なくとも4県が独自の判断で、被害者や近親者に個別に通知する取り組みを進めてきた。救済法制定時には不妊手術した過去が周囲に知られてしまうなどプライバシーの侵害の恐れがあるとして見送られたが、「地方自治体などを通じて被害を掘り起こすのは限界がある」(被害弁護団の一人)という声も上がっている。
被害弁護団は救済法の前文で国の責任の明確化も求める方針だ。前文では強制不妊手術を強いた過去について、「我々は、それぞれの立場において、真摯(しんし)に反省し、心から深くおわびする」と記している。「我々」を主語としているため、被害弁護団は「国の責任が曖昧にされている」と主張しており、文言が修正される可能性もある。論点は多いが、被害者の高齢化を考えれば残された時間は決して多くない。【塩田彩、神足俊輔】
法令違憲判断 戦後13例目
最高裁大法廷は旧優生保護法の規定を違憲だと指摘した。最高裁による法令違憲の判断は戦後13例目。うち8件は2000年代に入ってからで、違憲審査を活性化させている傾向がうかがえる。
最高裁が初めて法令を違憲としたのは1973年。親や祖父母らを殺害した場合に、より重い刑罰を科していた尊属殺の規定を法の下の平等を定めた憲法14条に違反すると判断した。
70~80年代には、衆院「1票の格差」訴訟で公職選挙法の規定を2度違憲としたが、最高裁の法令違憲は極めてまれな判断だった。
しかし、2000年代に入ると様相は一変。「婚外子国籍確認訴訟」(08年)▽「婚外子相続格差訴訟」(13年)▽「再婚禁止期間訴訟」(15年)――などで相次いで法令違憲を示した。昨年も、性別変更をするためには生殖機能をなくす手術が必要とする性同一性障害特例法の要件について、憲法に反すると認めている。【巽賢司】