毎日新聞2024/5/4 07:01(最終更新 5/4 07:01)有料記事1964文字
「ミス日本みどりの女神」の成田愛純さん(右)に緑の羽根を付けてもらう岸田文雄首相=首相官邸で2022年4月12日午前、竹内幹撮影
地球温暖化防止への森林の貢献が叫ばれる中、今年度からは納税者1人につき年1000円を徴収する森林環境税(国税)が始まる。ただ、全国37府県と横浜市では既に住民税(地方税)に300~1200円を加算する森林関連の独自課税がある。国、地方に加え、緑の募金まで。事実上の多重課税に悲鳴が上がっている。
知らないうちに天引き
「募金」が区費から天引きされていることに気付かない人もいる。山梨県内の50代男性は住み始めて1、2年してから1戸当たり数百円の緑の募金が区費に組み込まれていたことを知った。区内の全戸が募金に応じたとみなした決算報告を年1度の総会で見たからだ。
Advertisement
地球温暖化の防止、生物多様性の保全など多様な機能を持つ森林。その保全に向け、今年度から森林環境税の徴収が始まる=千葉県船橋市で5月2日午前、三沢耕平撮影
「本来は『募金』は善意でするものだ。ただ、反対するには勇気がいる。数百円のために近所付き合いを悪くしたくはない」。結局、男性は今も募金に応じ続けているという。
天引きは山梨県南部のある区でも続く。区長を務めた経験がある男性(72)は「高齢化でお金を集めて回るのが大変で、天引きの方が楽ちんだ。こうしないと誰も役職についてくれなくなる」と明かす。
天引きで徴収することに問題はないのか。実は自治会と募金のあり方を巡って裁判で争われたことがある。
適切な間伐が行われた結果、地面に日光が届き、大木に成長した森林=徳島県那賀町で2019年8月3日午後、寺田剛撮影
滋賀県甲賀市の自治会が会費に「募金」を上乗せして徴収する決議をしたことに対し、住民が決議の無効確認などを求めた訴訟で、大阪高裁は2007年、「事実上の強制であり、社会的に許容される限度を超えるもの」と指摘。自治会員の思想、信条の自由を侵害し、決議は公序良俗に反して無効だとする判断を下した。最高裁も08年、自治会側の上告を棄却し、住民側が勝訴している。
激減した募金額
こうした司法の判断もあり、募金を自治会にお願いしてきた自治体側では試行錯誤が続く。
山梨県と同じく1世帯当たりの家庭募金の割合が高い長野県。自治会に寄付の呼び掛けや集金を協力してもらっていた同県飯山市では23年度から役所や道の駅などの公共施設に募金箱を設置して寄付金を集める方式に変更した。区長らの負担の軽減や、募金本来の姿として取り組む必要性が高まったことが変更の理由だ。
しかし、その結果、募金の額は激減した。20年度に95万5000円、21年度に114万2000円、22年度に101万6000円をそれぞれ集めていたが、23年度はわずか3万3000円。集めたお金を原資にして苗木の無料配布を制限なく実施してきたが、23年度は「1団体10本まで」と配布本数を制限せざるを得なかった。
緑の募金(家庭募金)の金額上位県
同市は「今のままだと、今後の地域の緑化活動推進への影響が懸念される」として方針を転換。24年度から区長への協力を復活させることにした。
同県小布施町では昨年度から家庭募金の徴収を廃止し、町役場に募金箱を設置するやり方に変更した。しかし、24年3月までの1年間で募金に応じた人はひとりもおらず、それまで1戸当たり150円を目標に約40万円集めていた募金実績はゼロ円になった。集めたお金を原資に実施していた植樹活動は町の予算で続けていくという。
強制だとすると「遺憾だ」
家庭募金の額が全県でゼロの県がある。茨城県だ。17年度までは家庭募金をやっていたが、平成の大合併の頃から、自治会経由のお願いが難しくなり、学校での募金に力を入れるようになった。だが、「学校と家庭とで二重に取られる」という批判が高まり、家庭募金をやめることにした。緑の募金事務局となっている同県森林・林業協会の担当者は「児童数も減り、胃が痛いのは『学校に金を持ってくるな』という声があることだ。学校募金も厳しくなってきているので、家庭募金を復活したい」と漏らす。
時代の経過とともに集めにくくなってきた緑の募金。募金に従事する各地の団体を束ねる公益社団法人「国土緑化推進機構」も募金が難しくなってきている現状を把握しているというが、事務局の担当者は「募金はそれぞれの個人の善意に基づく協力が大前提になる。そうした趣旨から外れないよう各団体に注意喚起している。強制で集めているとしたら遺憾だ」と話す。
自治会の問題に詳しい名古屋大の中田実名誉教授(地域社会学)は「『募金』として扱う限り、一律に皆に課すのは募金の精神に反する。自治会としては義務的に集める自治会費と自発的に払える人が払う『募金』は切り分けないといけない。天引きでは意識なくお金を払う人もいる。それも募金の趣旨からしたらマイナスだ。間違いだと言うべきことを言い続けることが必要だ」と話す。
共助の必要性が高まる人口減少社会の下、緑の募金はどうあるべきか。緑の募金法16条にその記載がある。
「寄付者の自発的な協力を基礎とするものでなければならない」【山下貴史】