2016年11月28日 (月)
髙橋 祐介 解説委員
キューバのフィデル・カストロ前議長が死去しました。“反米の旗手”として、世界に一時代を画した“カリスマ指導者”の死は、はたしてキューバの社会主義体制と、巨大な隣国アメリカとの関係に、どのような影響を与えるのでしょうか?キューバとアメリカ、双方に兆してきた変化に着目し、両国の関係正常化の行方を考えます。
ポイントはこちらの3つです。▽フィデル・カストロ氏には“ふたつの顔”がありました。ひとつは、超大国アメリカによる露骨な内政干渉に抗って独立を保ち、厳しい経済制裁にも、度重なる暗殺の試みにも屈しなかった“革命家”としての顔。その反面、キューバ国内では反体制派を徹底的に弾圧し、“独裁者”としての顔を強く批判されてきました。▽いまアメリカでは、トランプ次期大統領が、来年1月20日の政権移行への準備を進めています。トランプ新政権は、キューバとの関係をどのように進めていくのでしょうか?▽両国は、去年7月、およそ半世紀ぶりに正式な外交関係を回復しました。しかし、互いの関係は、依然として“正常”なものとは言えません。両国の関係正常化への動きは、今後の中南米地域に、どのような影響をもたらすのでしょうか?5年に一度開かれるキューバ共産党大会。フィデル・カストロ氏は、ことし4月、その閉会式に姿を見せ、事実上の“お別れ演説”をしていました。この中で、キューバ国内ではタブー視されてきた自らの死に初めて言及し、「これが私の最後の演説になるかも知れない。しかし、キューバ共産主義の理念は今後も存在し続けるだろう」と熱弁をふるいました。実は、フィデル・カストロ氏は、当初から反米を掲げていたわけではありません。1959年の“キューバ革命“で、大資本による搾取と腐敗に立ちあがり、親米政権を倒したあとも、アメリカとの友好関係の継続を模索しました。しかし、当時のアメリカは、キューバ国内の資産没収や国有化に猛反発。政権転覆を狙った“ピッグス湾事件”を起こし、双方の対立は決定的となります。フィデル・カストロ氏という“反米の英雄”は、小国の言い分など意には介さないアメリカの対外姿勢こそが、生み出したとも言えるのです。その結果、ソビエトによるキューバへのミサイル配備をめぐり、“キューバ危機”が勃発し、人類は核戦争の一歩手前に追い込まれました。その後のキューバは、社会主義体制を堅持し、とくに教育の無償化や医療の充実に力を尽くしました。しかし、“ソビエトの崩壊”で東西冷戦が終わり、手厚い支援が絶たれると、キューバ経済は急速に悪化。折しも、病に倒れたフィデル・カストロ氏は、弟のラウル・カストロ氏に“権限を移譲”し、自らは政界の一線を退きます。こうしてキューバが、部分的な市場経済も導入したタイミングで、アメリカのオバマ大統領は、去年、“国交回復”へと舵を切りました。両国の歴史的な和解を機に、いまキューバには、様々な変化が兆しています。アメリカ国民に対するキューバへの渡航制限や、キューバ政府による企業への投資制限が緩和されたことで、経済交流が活発化し始めているのです。ヒトの往来や情報の流入が盛んになれば、当然、キューバ国民の意識も変わるはず。キューバを封じ込めのではなく、むしろ積極的に関与することで、内側から変革を起こさせる。それがオバマ外交の基本戦略でした。しかし、今なお変わらないキューバもまた存在します。とりわけ、政府に批判的な言動をする人は、「反社会的」という理由で投獄され、言論の自由が奪われている実態を、アメリカ側はキューバの人権侵害と批判します。現に、カストロ体制下のおよそ50年間で、100万人を超えるキューバ人が亡命を余儀なくされたとも言われます。しかも、85歳のラウル・カストロ議長は、現在の任期が満了する2018年に引退する意向を示していますが、ことし4月の共産党大会では、そのラウル氏を含む“革命第一世代”の長老たちが、党の重要なポストに再任されました。最有力の後継者と目されているディアスカネル第一副議長は56歳。カストロ兄弟のような強力な統率力を発揮できるかどうかは、まだわかりません。そうした世代交代が遅々として進まない中で、キューバは、フィデル・カストロ氏という精神的な支柱を失ったのです。では、そうしたキューバに対して、アメリカはどのように向き合っていくのでしょうか?フィデル・カストロ前議長の死去について、トランプ次期大統領は、声明を発表し、「残忍な独裁者が死んだ」と批判。「キューバ国民に自由と繁栄が保障されるため、われわれの政権は出来得る限りのことを行う」と意欲を示しました。しかし、具体的に何を行うのかは、不透明です。次期政権でホワイトハウスの首席補佐官に内定しているプリーバス共和党全国委員長は、「両国が開かれた関係を築くためには、自由市場や信教の自由、政治犯の問題で、キューバ側からの変化が必要だ」と注文をつけ、キューバの政治・経済改革の進展しだいでは、関係正常化を見直す可能性も示唆しています。ただ、実は、アメリカ側にも変化は着実に兆しています。これまでアメリカの歴代政権が、“冷戦時代の遺物”とも言うべきキューバの封じ込め政策を転換できなかった最大の要因は、カストロ体制を嫌ってキューバからアメリカに亡命した人たちが強く反対してきたからでした。そうしたキューバ系アメリカ人の多くがフロリダ州に住んでいることから、関係改善を妨げる“フロリダのくびき”とも呼ばれました。ところが、今回のアメリカ大統領選挙で、トランプ氏は、ビジネスの観点からキューバとの国交回復を積極的に評価し、共和党のフロリダ州の予備選では、地元出身のキューバ系で、カストロ政権との和解に強く反対したルビオ上院議員を破りました。なぜ、そのような意外な結果が生まれたのでしょうか?背景には、キューバ系アメリカ人の意識の変化が指摘されています。キューバ系アメリカ人は、とりわけ共産主義との対決姿勢を強めたレーガン政権の誕生以降、その多くが共和党を支持してきました。しかし、近年、そうしたキューバ系の有権者は、ただ単に“カストロ憎し”だけの理由で共和党を支持する傾向は弱まり、アメリカ国内で生まれ育った若者層は、キューバ革命の直後に亡命してきた世代とは明らかに異なる政治志向を持っているのです。現に、オバマ大統領がキューバとの国交回復を決断した去年の世論調査では、キューバ系アメリカ人の過半数が、両国の関係正常化を支持しています。おそらく今後も世代交代とともに、“フロリダのくびき”は、ゆっくりと、しかし着実に消えていくことになるでしょう。もちろん国と国との関係は、一日で成るものではありません。今なおキューバ側は、経済制裁の全面解除を最優先で求めているのに対し、アメリカ議会の上下両院で多数を握る共和党は、カストロ体制による人権侵害を理由に制裁解除を拒んでいます。しかし、キューバでもアメリカでも、着実に変化が兆している以上、双方の関係正常化は、もはや後戻りできない段階に入りつつあるのは確かでしょう。いま中南米地域では、そうしたキューバとアメリカの関係改善と軌を一にして、ベネズエラでも、アルゼンチンでも、急進左派勢力が退潮傾向にあります。それが、イデオロギーによる政治的な“対立の時代の終わり”を意味するのかどうかは、まだわかりません。しかし、そうした国々で“反米のカリスマ”と目されてきたフィデル・カストロ氏の死去。カストロ亡きあとのキューバの将来は、キューバ国民自身が決める。アメリカのトランプ次期政権には、そうした信頼醸成の原点に立ち返ることが求められています。(髙橋 祐介 解説委員)