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高額薬を使わずに喘息とアトピーを治す方法は谷口恭・谷口医院院長
2024年1月15日
総合診療科を受診する理由でよくあるのが、前回紹介した「肛門・外陰部のかゆみ」のように「どこの科を受診していいか分からない」「いくつもの科を受診したけれど診てもらえなかった」というケースです。他に多い理由に「これまでは複数の科を受診していたけれど一つにしたい」があります。今回紹介する「気管支喘息(ぜんそく)」と「アトピー性皮膚炎(以下、単に『アトピー』)」もよくある相談です。なぜなら、これら二つの疾患は原因あるいは増悪(ぞうあく)因子が共通していることが多く、また使う内服薬が共通している場合もあり、さらに原因となるアレルゲン(アレルギーの原因物質)を取り除くための環境対策も共通しているからです。
予防と生活習慣の改善が不可欠
「専門医」にこだわれば、喘息は呼吸器内科、アトピーは皮膚科ですが、両方の疾患を持っていて二つの医療機関を受診するとなると診察時間も診察代も2倍かかります。一方、総合診療科でこれら二つの疾患を同時に診るようにすれば時間とお金の大幅な節約になります。また、一般に専門医は高度な治療を提供するのに対し、総合診療医ではできるだけ薬を減らして予防や生活習慣の改善に力を入れます。アレルギー疾患の治療では予防と生活習慣の改善が不可欠ですから、もともと総合診療とアレルギー疾患は「相性」がいいと言えるかもしれません。実際の事例を紹介しましょう。
30代女性のAさんは幼少時から喘息とアトピーがあり、高校卒業までは双方とも小児科クリニックで診てもらっていました。大学入学と同時に、小児科を“卒業”し、小児科医からは「これからは、喘息は呼吸器内科で、アトピーは皮膚科で診てもらうように」と言われ二つの科を定期的に受診するようになりました。数年たつと春には花粉症の症状で悩むようになりました。最初に目の症状が出現したため眼科に、その後鼻づまりがひどくなり耳鼻科を受診するようになりました。ある日のこと、「総合診療科ですべて診てもらえばいいのに……」と同僚から助言をされ、その同僚から当院を紹介されて受診することになりました。初診日は花粉症のシーズンでした。
Aさんから話を聞いてまず私が気づいたのは「薬の処方はされているが、予防や生活習慣の対策についてはほとんど説明を受けていない」ことでした。これでは永遠に薬を続けなくてはなりません。ほとんどの疾患がそうであるように、治療の目標の一つは「薬を減らす、できればゼロにする」です。病気の種類によっては「生涯飲みつづけなければならない薬」(例えば臓器移植後の免疫抑制剤、HIV陽性者の抗HIV薬など)もありますが、生活習慣病やアレルギー疾患の薬は基本的には減らすことを考えるべきです。
初診時に私はAさんに「現在実施しているアレルゲン対策」と「アレルゲン対策以外の生活習慣の改善策」として何をしているかを尋ねてみました。「花粉の季節はマスクをする」「ストレスをためないようにする」「食事が偏らないようにする」などの答えが返ってきましたが、これでは不十分です。そこで私はAさんの初診時にすぐにでも開始すべき対策について次のような具体的な助言をしました。
アレルゲンを極力取り除く努力を
・問診からダニ抗原(ハウスダスト)が喘息・アトピー双方の悪化因子になっていることが分かったため、「空気清浄機を置く」「(花粉の季節以外は)しっかりと換気をする」「湿度を50%程度に保つ」「じゅうたんや布のクッションなどダニ抗原が増える原因となるものを置かない」などの対策を助言しました。なお、アレルゲンとなる、家屋にいるダニはヒョウヒダニというダニで、野原などに生息するマダニとは異なります。また、よく誤解されるイエダニはネズミなどに寄生しているダニで、刺されるとかゆみが出ますが、家屋内のアレルゲンになるわけではありません。ヒョウヒダニのふんや死骸がハウスダストとなり、これがアレルゲンになります(イエダニとハウスダストは無関係です)。
・問診から花粉が原因となるのは目・耳に症状をもたらす狭義の花粉症だけでなく、花粉のシーズンにアトピー・喘息も悪化していることが分かったため、花粉対策は単にマスク(やゴーグル)を使用するのみならず、「花粉を家に持ち込まない」が最重要であることを説明し、特に髪についた花粉を帰宅後すぐに洗い流す、ジャケット・コートやバッグなどは可能な限り玄関に置いてリビングや寝室に持ち込まない、そしてアレルギー疾患をもたない同居している家族にも協力してもらう、ことなどを説明しました。
・アトピーは夏に最も悪化することが分かったため、その原因は「汗の流し方が不十分」であることを説明しました。問診してみると、やはりシャワーは1日1回しかしていないとのことだったため、最低3回(帰宅後すぐ、寝る前、起床後)は実施するよう助言し(ただし1回10秒程度でOK)、さらに日中も可能な限りぬれタオルやウエットティッシュなどで汗をぬぐうよう伝えました。なお、シャワーの際、せっけんやボディーソープはできるだけ使わないのが理想です。
まだまだ伝えるべきことはあるのですが、あまり多くを言い過ぎると優先順位が分からなくなってきますし、診察には時間の制約がありますから初回はこれくらいの説明にとどめ、薬を減らす説明にうつりました。
11種類の処方薬を減らすことに成功
Aさんの場合、内服薬が呼吸器内科で1種類、皮膚科で1種類、耳鼻科で2種類の4種も処方されていて、うち2種類は同じカテゴリーに属する抗ヒスタミン薬でした。受診先同士で連絡が取れていないことを示しています。内服薬以外では喘息に使う吸入薬が1種、アトピーに使うステロイド外用薬が2種類、耳鼻科からは点鼻薬が2種類、眼科から点眼薬が2種類出ており、合計11種類の薬を使っていました。そこでまずは内服薬を4種から2種に減らすことから始めました。1カ月後には、内服薬は1種のみ、吸入薬は1種(より安価で濃度の低いマイルドな薬剤に変更できました)、ステロイド外用薬(使用は短期間にとどめるべきです)は中止し、他の外用薬に変更することに成功しました。点鼻薬と点眼薬は1種類のみに減らしました。
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半年後、内服薬は完全に中止できました。吸入薬はさらにマイルドなものに変更し、外用薬についてはステロイドをまったく使用せず長期使用で副作用が出ないタイプのもののみを続けています。点鼻薬・点眼薬は必要時のみ使用するようにし使用頻度は激減しています。
薬を大きく減らせた理由は医師(私)の力ではなく、Aさんが予防や生活環境の見直しの重要さを理解したからです。“初期投資”はそれなりにかかりましたが、じゅうたんを撤去しフローリングにし、ソファやクッションは布製から革製に替え、空気清浄機と加湿器をそろえました。家族会議を繰り返し開き、家族全員が花粉を室内に持ち込まないよう工夫する努力を続けました。これらの努力でダニや花粉などのアレルゲンに触れる機会が大きく減少しました。最初は面倒くさいと言っていた繰り返しのシャワーも今では「習慣」となり、まったく苦痛ではなくなったと言います。アトピーの悪化因子である汗への対策がうまくできているのです。
高額な新薬を使わなくても改善は可能
ところで、最近は喘息もアトピーも新たに発売される治療薬がどんどん高価になってきています。例えば喘息の治療に使う注射薬には1本30万円以上するものも登場しています。新型コロナウイルスの治療で有名になったバリシチニブ(商品名「オルミエント」)は1錠5000円以上もする高価な薬で、アトピーにも用いられています。他にも高価な薬剤が過去数年で次々と登場し、喘息やアトピーの“最前線の治療”はこういった高価な薬剤を用いた治療だと世間では思われています。しかし、当然のことながらこの費用を捻出するのは大変ですし、それよりも大事なこととして「安全性」を考えなければなりません。アレルギー疾患で用いるバリシチニブを代表とする免疫抑制剤は免疫抑制作用が強く、生ワクチンの接種も受けられないほどです(生ワクチンの成分として使われるほどに弱めた病原体にも免疫機構が破られてしまう恐れがあるのです)。
もちろん値段もリスクも高い薬を使わなければ治らない疾患であればやむを得ませんが、当院の経験でいえば、このような特殊な薬剤の使用を検討すべき喘息やアトピーの難治例(そういう事例は専門医に紹介しています)は100人に1人もいません。つまり、喘息やアトピーで悩んでいる患者さんの99%以上は、安全で安い薬のみで治療できるのです。今回少し紹介したように予防や環境対策はそれなりに手間がかかるのは事実ですが、地道な対策をとることにより、治療費を大きく節約できて受診回数を減らすことができます。そして何よりも、不快で、時には日常生活が大きく制限されるアレルギー症状に悩まなくてもよくなるのです。そういった努力のお手伝いをするのが我々総合診療科医の役割だというわけです。
写真はゲッティ
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たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。